海外ドキュメンタリー映画吹替版のアフレコ収録・整音・ミックスを担当
映像コンテンツの整音や音声修復、音楽作品のミックスマスタリングを生業としているサウンドリフォーマーの山川@HSR_YBです。
2021年はアメリカ版の整音をお手伝いしたご縁から、
「マイクロ・プラスチックストーリー」という環境問題をテーマとした
海外ドキュメンタリー作品の日本語吹替版制作のプロジェクトに参加。
夏場は珍しく自宅作業場を離れ、吹替映画のアフレコ収録を各所で実施。通常は自宅兼作業場にこもりっぱなしの私もPCR検査を重ねながら奔走。
秋以降はポストプロダクション作業。年末には無事、吉祥寺・京都アップリンクでのプレミア上映会が行われました。
▪️ドキュメンタリー映画の吹替作品は激ムズ&見本がほぼない
実在するニューヨークの小学生の活動を追いかけたドキュメンタリー作品は監督自らハンディカメラを片手に収録した生々しい記録ショットが中心。もちろん脚本などは存在しないスーパーリアルな映像。
日本各地での上映会でも当初は字幕版が使用されていたそうですが、作品の性質から小中学生が視聴する機会が多く、吹替版の要望が多くあったそうです。
日本国内で公開される海外のドキュメンタリー映画はリアルさを優先するために多くが字幕版による上映。参考にする作品を探すのが難しく、唯一見つけられたのはNHKで放送される子供向けの海外番組。その他はいわゆるハリウッドのメジャーな作品しかなく、手探りでの作業となりました。
□国内版の声優はオーディションで選ばれた全国各地の素人
「マイクロプラスチック・ストーリー」は身近な環境汚染に気づいたアメリカNYの小学生が「自ら何ができるのか?」と行動を起こした記録。
プロ声優・俳優は起用せず(大人役のキャストは一部起用)、問題意識を持つ子供たちのパッションを優先したいという監督の想いから、全国規模でオーディションを実施。現在、声優志望のジュニア・キッズ層は多く、600名近い応募があったそうです。
録音作業の中心となった東京・京都では、吹替版プロジェクトを支援する教育機関により収録環境の整った専用スタジオが提供いただけたものの、そこでの収録は全体の7割。
他の収録は全国各地の公民館の音楽練習スタジオ、学校の放送室や視聴覚室、企業の事務所や演者の自宅など、さまざま。予算の関係で東京と京都の収録を除いては私が立ち会わず監督自ら録音も行っています。ハンディレコーダーを現地に送り、ZOOM越しでの遠隔録音したテイクも多くありました。
□リニアPCMレコーダーを軸とした収録品質の統一
専用スタジオ以外での収録は私が所有するPCM-D100というSONYのポータブルレコーダー収録がメイン。収録時の雑音等は何とか後処理にするにしても、専用スタジオでアフレコ定番の高級マイクU87などを使用してしまうと、素材のクオリティ差により微妙にテクスチャが変わってしまう懸念がありました。
そのため、Protools収録ができるスタジオでもあえてPCM-D100のマイクを経由して収録。特に語り部となる主役ナレーションはほぼ同じクオリティで収録ができました。
□アフレコ収録の反省点
マイクの距離感は編集限界がある
それでも収録の反省点は幾つか残りました。整った環境のスタジオでは吹替元となる演者とカメラとの距離感を考慮して収録すべき素材がたくさんありました。ほぼ30cm以内のオンマイクでクリアな収録はできたものの、やはり後から付け足すアンビエンス再現はかなり困難。映像に移る人物とのカメラ(マイク)との距離感はリアルに近いほうが自然な距離感が生まれリアリティが増します。反響がほとんどない野外シーン(海辺など)だとポストプロダクションで再現できる選択肢が限られてしまいます。
内蔵リミッターのピーク
レコーダーPCM-D100は音割れ防止のため内蔵リミッターを常にオンにして収録。もちろん、ある程度のゲインバッファを残したレベル調整をしているものの、発声の大きな演者の収録では中高域に瞬間的ピークが思ったより細かく混入。明らかに音割れにはならないものの、中高域が言葉の端々でピーキーになり、声に雑味が加わる状態。
なんとか整音処理して使用に耐えうる改善はできたものの、作業工数が大幅に増加。スタジオからモニターヘッドフォン(YAMAHA MT-8)を持ち出しましたが、収録環境の問題から収録により、微妙なピークを判断することができませんでした。
また素人の小中学生によるアフレコ収録は集中力の問題もシビア。じっとしていられないのでいつの間にマイクポジションが微妙にズレてしまうことも要因の一つ。所作によるノイズにも悩まされました。
□吹替で必要になる余白部分のアンビエンス素材
ドキュメンタリー作品は言うまでもなく、その場の雰囲気を環境音ごととらえているため、メイン素材に臨場感の要素が集約されています。オリジナルで言葉(ここでは英語)を発した部分をアフレコで補なう場合、セリフが被ってしまうため元素材をそのまま使用できません。iZotope RXにて人間の声のみを軽減したりするも、違和感がでてしまったり、細々な物音や環境音を足す作業が多くのシーンで必要でした。監督から同一シーンのオフショット素材も提供いただきましたが、潤沢にあるわけではなく「効果」の仕事に近い、別素材の合成や効果音の作りこみも必要でした。
学校内のシーンだけでも、教室、カフェテリア(食事場所)、校長室などその響きやエキストラの人数感が細々に違います。どこまでオリジナルの素材を活かすか、また別素材の合成が必要なのか、アフレコに付け足すアンビエンスエフェクトのチョイスまでクオリティの落としどころのジャッジ難易度は高かった。この部分は、オリジナルを手掛けた監督との共同作業となり、お互いに音処理でせめぎあいながら妥協点を決めました。
大作映画とちがい、インディペンデントな作品は同じシーンでの同録素材も限られており、非常に難しい処理でした。
(まとめ)
通常は不特定多数のクライアントを相手に「後処理」をする仕事を中心としているため、収録に立ち会ったことで多くの知見を得ました。音楽コンテンツは自主製作で諸々の録音経験がありましたが、公民館の音楽室でナレーション収録するためには簡易ブースを作って壁の響きを抑えたり、デジタル以外の対策も必須。
自分にとって初体験となる吹替え版のプロジェクトは未知の部分も多く、大変な仕事でしたが佐竹監督はじめスタッフのみなさんの協力により大変楽しくお仕事ができました。日常では関われない小中学生の無垢かつ前向きなパッションにエネルギーをもらいました。この場を借りて心よりお礼申し上げます。